夢と灯火

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「書痴」: 本に本を読むことを禁じられる話

『聊斎志異』で好きな話に「書痴」というものがある。
主人公は「家を富ませるためにいい田畑を買おうとするな、本の中には一千石の穀物があるではないか」といった昔の格言を字義通りに信じて、本の中に本当の穀物や、黄金があると信じている重度の愛書狂である。この男、人が訪ねてきても、二言目には書物を読み出すという有様であるので、世事に疎く、科挙でも落とされてしまう。
人から妻を娶るよう薦められても、まったく取り合わず「書中自ずから、顔、玉の如き有り(本の中には宝石のように光り輝く美女がいる)」といった言葉を信じて、本の中にいるという美女を捜して日々本をめくる生活を続けている。
ある日そんな彼の目の前に、本に挟んであった栞から美女が立ち現れる。この絵柄を想像するだけでも相当シュールなのであるが、この美女の名前がなんと「顔如玉」!
日本語に訳せば「顔が綺麗」さんとでもなるだろうか。「書中自ずから、顔、玉の如き有り(書中自有顔如玉)」とはよく言ったもの、本の中にはまさに「顔如玉さん」がいたのである。
もはやこれは怪異ではなくギャグであるというべきだろう。彼女はいわば文字そのもの、字義通りの存在なのであり、書かれたことを一字一句違わず現実だと信じ込んでいる主人公の前に現れた書物の精なのである。
だが、痛快なのはその続きである。この本の精、開口一番、「本ばかり読んでいてはいけません」と主人公に本を読むことを禁じ、友人づくりや女遊びを勧め、現実の世界に触れろと主人公に発破をかけるのである。本によって本を読むことを禁じられてしまうとはなんと倒錯的な事態だろうか。