夢と灯火

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翼なき者の翼:アイドルマスター ミリオンライブ!「アイル」についての覚え書き

アイドルマスター ミリオンライブ ! から生み出された楽曲「アイル」、多くのプロデューサー(このゲームのプレイヤーのこと)に衝撃を与えたこの曲は、すでに数多の感想、分析によって、その魅力が語られている。

ここですべての解釈を網羅することは不可能なので、話の枕として、ひとつ簡単な疑問を提示しておきたい。それは、アイルというタイトルはアルファベットでいったいどう表記されるべきなのだろうかという疑問である。

たしかに、この疑問についてはすでにいくつかの指摘がある。まず第一には英語のI'll (I willの短縮形) という意志をあらわす表現に基づいた表記。つぎに、教会や劇場など座席のあいだを通り抜ける通路を指す英語のaisleという表記。この第二の解釈は、やや苦しいものの、後に見るように歌詞中において道が重要なテーマになっていることから簡単には排除出来ない。
そして、第三の解釈。このアイル ≒ aisleという語は、中世フランス語で翼を意味するaisle(現代フランス語のaile*1)から来ており、その起源は同じく翼をあらわすラテン語のalaにあるという。どの言語から着想したのかは不明だが –– ラテン語はともかく、中世フランス語を直接参照している可能性はほとんどゼロだろう ––、この歌を歌うのが伊吹翼という名前を持ったキャラクターであることから当然この含意も含まれていると考えることができる。


これらの解釈はおそらくどれが唯一の正解というものではなく、それぞれに妥当なものだと思える。ただし、それを判断するためには、今一度、それぞれの解釈が歌詞とどのような関係にあるのか問わなければいけないだろう。歌のタイトルは歌詞から独立して存在するものではない。これらの解釈が、いったいどのような意味合いを歌詞に与えるのか問わなければ、解釈としては片手落ちになってしまうはずだ。

この短い覚え書きでは費やせる紙幅もないので、ごく簡単につぎのことを指摘することから始めたい。それはこのアイルという楽曲が、「伊吹翼」という名を持つアイドルを歌い手とし、あまつさえ「翼」を意味するラテン語と語源的に近しいタイトルを持つにもかかわらず、その内容は大空への飛翔のイメージからまったくかけ離れているということだ。
この歌詞は端的にいって泥臭い。そのことはまさに次の歌詞に現われている。


行く手阻む山の中を
くり抜いて向こう側へ
数秒間だけ見えた海の水平線キラリと光った

 

勝算なんてなくたって構わない
辿り着きたい場所へ行くため
坂道はちょっと邪魔だから
息を止めて海の底へも潜るんだ

 

ここでは、歌い手の「伊吹翼」は空を自由に駆ける「翼」を持っていない。
もし翼があるなら、空を飛べる。空を飛べるなら、山を越えることは容易だ。坂道など苦ではないだろう。トンネルを掘る必要も、海の底へ潜る必要もない。
海の底や地の底といった、飛翔とは対極のイメージが使われていることが示すように、「翼」を持たない、あるいは持っていても翼に頼ることのない存在が、海の底、地の底を這ってでも、目標に辿り着こうとする泥臭さがここにはある。


漫画ミリオンライブ第三巻特別版の表紙を思い返してほしい。そこで、翼にはたしかに羽が生えている。しかしその羽は本物の羽ではない。あくまで壁にかかれたペイントとしての羽だったことを。それは、天才肌の伊吹翼を描く際に、常人には持てない羽を持ち、楽々と困難を越えていくような「お気楽な存在」としてではなく、地中や海中を行くことさえ辞さないような「ひたむきで泥臭い存在」として描きたいという意志の現れではなかっただろうか。
おそらく、ここではじめて、アイルというタイトルは生きてくる。それは現実には「翼」(aisle / aile (aisle) / ala ) を持たない、ふつうの人間である、アイドル伊吹翼が、「道なき道」(aisle) を作って先に進んでいこうと必死に努力する姿を象徴するものとしてあらわれるのだ。特別版の表紙が示すように、アイドル翼が持つ本当の「翼」は、空を気軽に跳び回ることが出来るような翼ではなく、地の底でも海の底でもくり抜いて進んでいくような、この泥臭くも力強い意志 (I'll)のうちにあるのではないだろうか。

*1:ちなみに現代フランス語で翼を意味するaileはカタカナ表記ではエルとなるが、発音の規則を知らない場合、作詞者がこれをアイルと読んでしまった可能性もある。