夢と灯火

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抱擁の孤独:川本真琴の「微熱」メモ

川本真琴の「微熱」という曲が好きだ。

 

川本真琴の歌詞は、しばしば身体と身体とが触れ合う瞬間をめぐってつむがれている。たとえば「背中に耳をぴたっとつけて 抱きしめた」という歌い出しから始まって、「唇と唇 瞳と瞳と 手と手」「2コの心臓がくっついてく」というリフレインにいたる「1/2」をはじめとして、「届かない これって最高の1cm」というかたちで歌われる「愛の才能」、「チョコレイトのサラサラ銀紙」を唇にあてて接吻する「ピカピカ」、そして「fragile」にいたるまで、彼女の歌詞は「身体」と「身体」の直接的ないし間接的な接触への欲望に溢れている。
「おとこの子になりたかった」と歌う「1/2」の歌詞が示すように、このような触れることへの欲望は、フラジャイルな身体を抱えた「あたし」が抱く、「異なる身体」との「同一化」の欲望であるといえるだろう。

今回とりあげる「微熱」では、そのような「同一化」の願いの流産が「微熱」というモチーフに仮託されて表現されている。

冒頭部から歌詞をすこし辿ってみよう。

じれったい口唇噛むと 大人みたいに嘘つく
なんにもふれず 数えず 街がざわめくまで星を見てるの?

「微熱」のはじまりをつげるのは、「じれったい口唇噛むと」という「自己接触」のモチーフだが、次の行で「なんにもふれず」と歌われるように、「1/2」とは異なり、ここでは身体は他の身体にむかって「開かれる」ことなく、あくまでじぶんの中に「自閉」しているかのように思われる。

このような自閉の印象は、つづく行にさらにつよく現れることになる。

裸で広い宇宙に いつも君と浮かんでる
なにも育てず 傷つく まるでそれで1コの生き物のように

つづく「抱きしめると世界に弾かれそう」という一節が示すように、最も幸福な接触体験であるはずの抱擁すらもここではどこかよそよそしい。

では、「あたし」を世界から弾き飛ばしてしまうものとはいったいなんなのか。それこそが「微熱」である。真っ白な東京、雪の降る夜を窓辺に聴きながら、「あたし」はいう。

こぼれ落ちる 強い発熱
1000000回目の太陽 昇っても
哀しい 哀しいね とけない微熱

からまったまんまでひとりぼっちだって教えるの?

ここでは、街を覆う溶けない「雪」と、「あたし」の身体の「微熱」が重ねられている。ここからも分かる通り、この歌のテーマは「ふたつの異なった温度」だ。「君の鼓動にとけない微熱/別々の物語を今日も生きてくの?」という歌詞が示すように、触れることはお互いの「体温」の違いを意識させてしまう。「他の身体」と触れ合い、ひとつに溶け合いたいという「あたし」の願いは、それを実現するはずの接触そのものによって、無惨にも潰えるほかないだろう。「あたし」を世界から弾き出すもの、それは「あたし」の「身体」に宿る「命の温もり」そのものなのだから。