夢と灯火

身辺雑記, etc. 主に気に入った音楽や漫画についての感想

「書痴」: 本に本を読むことを禁じられる話

『聊斎志異』で好きな話に「書痴」というものがある。主人公は「家を富ませるためにいい田畑を買おうとするな、本の中には一千石の穀物があるではないか」といった昔の格言を字義通りに信じて、本の中に本当の穀物や、黄金があると信じている重度の愛書狂で…

波間の現実感覚:「なつやすみのおさかな」の歌詞について

夏休み、毎日海へ出かけて遊んでいたら、新学期が始まってもぼんやりするばかりで、いつまで経っても普通の学校生活に戻れない。子供時代、そんな経験をした人はおそらく一人や二人ではないと思う。まるで波の揺れが身体の深くに刻み込まれて、僕たちの存在…

Lamp『さち子』の歌詞とMVの世界:丹念に束ねられ、重ねられたイメージ

一見なんとも甘いメロディの下に隠れた複雑な味わい。技巧を感じさせないほどの洗練、Lampの楽曲を要約するのならば、おそらくこういった言葉がふさわしいのだろう。その楽曲を彩る歌詞の世界、そしてMVの世界に視線を移せば、今度はその文学性が目をひく。 …

泉まくらの『春に』をめぐって

あしもと濁る薄い花びら 自分を重ねて怖くなったのは 大人が急に「もう子供じゃない」と 選択と決断を僕らに迫った頃 明日目が覚めればネクタイの結び目の仕組みを知る 戸惑いの中 置いてきぼりの春が来る 泉まくらの『春に』は、大学受験、そして卒業を迎え…

–– 曖昧模糊として、鮮烈な –– :サニーデイ・サービスの歌詞(「セツナ」)についての覚書

サニーデイ・サービスの曲を最近よく聴いている。楽曲の素晴らしさは、門外漢の私などが言いたてるまでもない。今日ここで、私的なメモとして書き留めておきたいと思っているのは、サニーデイの歌詞の世界についてだ。サニーデイの歌詞を読む・聴く人は、そ…

谷山浩子「月と恋人」について:満月の夜の狂ったダンス

① 曲の「禍々しさ」と回転のモチーフ 谷山浩子さんの歌詞の特徴に「得体の知れない禍々しさ」というものがある。一見、童話風の雰囲気を纏いながら、特定の読み方をすると凄惨な事件が浮かびあがるCOTTON COLORをはじめとして、陽気なメロディに乗って狂気が…

翼なき者の翼:アイドルマスター ミリオンライブ!「アイル」についての覚え書き

アイドルマスター ミリオンライブ ! から生み出された楽曲「アイル」、アイマス・ミリオンの多くのプロデューサー(このゲームのプレイヤーのこと)に衝撃を与えたこの曲は、すでに数多の感想、分析によって、その魅力が語られている。 ここですべての解釈を…

夢と現実の交わらない交差点:ピチカート・ファイヴ『東京は夜の七時』をめぐる覚え書き

いくつかの前置き ピチカート・ファイヴ (PIZZICATO FIVE)の「東京は夜の七時」は、その軽妙で「キャッチー」なメロディとは裏腹に、どこかとらえどころがない歌詞で聴き手に不思議な印象を残す楽曲だ。こういうとらえどころがない、難解といわれる歌詞を…

やさしい隔たり:GOING UNDER GROUNDの楽曲「ランブル」の歌詞についての覚え書き

GOING UNDER GROUNDの楽曲「ランブル」は、ヴォーカルの甘い歌声とメロディのせつなさで多くの人の心を掴んでいるけれども、はじめてこの歌を聴いたとき、わたし自身は歌詞のなかにある、ある一節にとらわれた事を覚えている。 摩天楼の光り 少し慣れた街で …

線分と時間:nano.RIPEの歌詞について

nano.RIPEの歌詞にはほとんどいつも共通したひとつのテーマがあるように思う。それはひとつの線分で結ばれた過去、現在、未来を旅するイメージだ。もっとも分かりやすいのが、おそらく、ボーカルのきみコが提供した、ミリオンライブの楽曲、「プラリネ」だろ…

あの夏の「約束」:名犬ラッシーED「少年の丘」について

「少年の丘」 世界名作劇場の名犬ラッシーのエンディングテーマ 『名犬ラッシー』は思い入れのある作品だ。小さい頃、いくつかのテレヴィシリーズをきっかけに、原作小説を読んで以来、ぼくのなかからその名前が消え去ったことはない。このテレヴィアニメシ…

紫陽花の微笑:高浜寛、フレデリック・ボワレ著『まり子パラード』感想

仏語版『まり子パラード』 あらすじ 写真を元に絵を描くフランス人の漫画家と、日本人のまり子はすでに数年来、作家とモデルという関係を続けている。『まり子パラード』は江ノ島でのふたりの淡々とした取材紀行を背景に、芸術の勉強を続けるために留学を決…

180度の孤独:パスピエの「プラスティックガール」について

最近、バンド、パスピエを聴きはじめた。ヴォーカルの声質から相対性理論との類似が言われているようだが、個人的には、その楽曲の纏う奇妙な「懐かしさ」によって、どこか無機的な印象のある相対性理論の楽曲とは一線を画しているように思う。なかでも好き…

空駆ける自由は誰のものか:湯川潮音の歌詞について

初期楽曲から「かかとを鳴らそ」まで 湯川潮音の初期楽曲を聴くと、「飛翔」というモティーフの執拗な反復ぶりに驚かされずにはいられない。 たとえば、代表曲「渡り鳥の三つのトラッド」では「極上の羽飾りのコートをまとって」みっつの季節の面影へと吸い…

光の雨:Fairground Attraction の Moon on the rain について

試訳 地下のバーに鳴り響くジャズ、雨の日*1に月は出ている飲み過ぎ、遣いすぎ、またすっからかんねああ愛しのひと、今夜はどこにいるの思い出す、よくテムズのほとりを歩いたこと堤防の明かりが宝石の鎖みたいだったはじめのころあなたがいったことを忘れな…

抱擁の孤独:川本真琴の「微熱」メモ

川本真琴の「微熱」という曲が好きだ。 川本真琴の歌詞は、しばしば身体と身体とが触れ合う瞬間をめぐってつむがれている。たとえば「背中に耳をぴたっとつけて 抱きしめた」という歌い出しから始まって、「唇と唇 瞳と瞳と 手と手」「2コの心臓がくっつい…

卒業の雪景色:YUKIの「ふがいないや」について

謎めいたリフレインの意味 ハチミツとクローバーIIの主題歌として有名になったYUKIの「ふがいないや」は、ぼくのなかで長いことその不思議な魅力を保ち続けてきた。ふがいないやという詠嘆からつづけて放たれる「いやー、いやー」というサビの力強さに、どう…

「窓」と「軒先」:高浜寛『蝶のみちゆき』感想ノート

高浜寛の『蝶のみちゆき』を読んだ。思えば何年か前に、異邦の地で肩の凝らずに読めるものを探していて、ふと電子書籍で出ていた『トゥー・エスプレッソ』を買ったのがこの作家とのはじめての出逢いであった。いっけんノンシャランとうつる筆遣いと物語の気…

冬の蛍:須藤まゆみの「蛍火」について

「蛍火」はデレマスの北条加蓮によるカヴァーを聞いて以来、大好きな曲のひとつなのだけれど、タイトルの「蛍火」という語にずっとひっかかりを覚えていた。 なるほど調べてみると、蛍火というのは俳句の季語のひとつで、蛍の光のことであるという。蛍は夏の…